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1ヶ月アメリカ・ヨーロッパに旅をしてきたので、訪れた先ごとに旅の感想をお伝えします。
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まず1ヶ所目はアメリカ、マサチューセッツ州ボストンです。
2月23日に日本を発ちました。8年振りの海外旅行なので、勝手を忘れていました。成田空港に行くこともすごく久しぶりです。
偶然にも機内で友人に会いました。彼女はボストンで勉強をしています。
アメリカ入国はテロなどの関係でとても厳しくなっていました。特に今回私は、日本から米国、米国とヨーロッパ往復、そして米国から日本に帰国するという計画だったので、どこの入国審査でも苦労しました。
機内で会った友人の彼が車で迎えに来ていて、その車に便乗して従兄弟のアパートまで送ってもらいました。
日本を離れて早や15時間以上、アパートに着いた時にはくたくたでした。
おまけにボストンの街中は何十センチもの雪が積もっていて、とても寒かったです。
着いた日の夜はご飯を食べて、プールバーに行きました。バーに入るだけで、身分証明書を掲示しなければなりませんでした。時差ボケでやるビリヤードはさんざんでした。
ボストンは10才ぐらいのときに1度訪れましたが、前回の記憶はほとんどありませんでした。
2日目の2月24日は、従兄弟が仕事に行っている間に、MFA(ミュージアム オブ ファイン アーツ ボストン)に一人で行って来ました。
かなりの規模の美術館で5時間は館内にいたと思います。
25日の朝、日本を離れたばかりなのに、急にホームシックになりました。後で思ったのですが、今まで8年間日本の目まぐるしい時間の流れの速さや、人の多さなどが突然なくなって、それに体が慣れてなかったみたいです。もう荷物詰めて、明日には帰る!!って思ったぐらいでした。
これからベルギーに向けて又旅立つというのに、この先どうなるんでしょう。。。。
1ヶ月がとても先の事に感じられました。15才で一人ヨーロッパで暮らしていた人とは思えませんよね。
大丈夫。大丈夫と言い聞かせながら、空港に向かいました。これからベルギーに向けて、約10時間の長旅です。
(2005/03/27)
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どっぷりホームシックのまま、10時間の長旅を経てベルギー、ブリュッセルの空港に、現地時間の朝7時に到着しました。
所が、入国審査で止められてものすごい質問攻めにあいました。女の子の一人旅、あげくに次の国へのチケットもないということで、入国審査の人と大喧嘩の末やっと入れてもらいました。
アントワープに向かうバスの中で、自分の気持ちが10年前にタイムスリップしていくのが確実に分かりました。アントワープに着いたら、昨日までのホームシックはどこへやら? 懐かしさと嬉しさで一人興奮していました。
早速バレエ学校へ行き、中を歩き回りました。その日は学校公演の日だったので、観に行くことにしました。当時の先生、おじさんになったクラスメイトにも再会し、すごく嬉しかったです。
バレエ学校で同級生だった浅野美波ちゃん(現在はフランドルバレエ団 団員)にも久しぶりに会って、翌日には私がバレエ学校時代に大変お世話になった、住井悦子さんのブリュッセルのお宅に二人でお邪魔しました。
そして、最後の日にはなんとバレエ学校で、住井さんが受け持つ、5年生を受けさせてもらいました。
もう懐かしいの一言で、10才も若い子達とクラスしてきました。
食べ物も懐かしくて、ワッフルやチョコレートも買い込みましたよ。
5年間住んだこの場所に戻ってきて本当に良かったです。ボストンにいた時とは大違いで、ここに住もうかなぁと本気で考えました。
次の国へ向かう前に、バレエ学校の先輩でもある斉藤亜紀さんも会いに来てくれました。
ヨーロッパにいる間にもう1度アントワープに戻って来ようかなぁと思いながら、コペンハーゲンに向かうべく、ブリュッセルの空港に向かいました。
次はおとぎの国、デンマークです。
(2005/04/06)
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3月1日夜、吹雪と共に、おとぎの国デンマーク・コペンハーゲンに到着しました。
ここには、かのウォルト・ディズニーもディズニーランドを造る時に参考にしたと言われているチボリがあり、人魚姫の作者アンデルセンが誕生した地でもあります。
ベルギーよりも寒いとは聞いていましたが、まさか吹雪の中コペンハーゲンに到着するとは思っていませんでした。 飛行機は3時間近く遅れ、迎えに来てくれた島田衣子ちゃんを空港で待たせてしまいました。
初めての北欧。スカンジナビアの人が英語に堪能なのには驚きました。
当初の予定は4日間の滞在でしたので、初めてのコペンハーゲンを満喫しなければと、朝はロイヤルデーニッシュでバレエ団のクラスを見学し、午後は観光に出掛け、夕方はまたバレエ団でクラスを見学、夜にはバレエ団の公演を観たりと積極的に行動していました。
コペンハーゲンの後はドイツとイタリアを訪れる予定だったのですが、結局はドイツにもイタリアにも行かず、コペンハーゲンに10日間も滞在してしまいました。
居候させてもらっていた島田衣子ちゃんにはとても素敵なおもてなしをしてもらいました。日本ではリハーサルや本番では一緒に過ごしても寝起きを共にすることは滅多にないことなので、とても楽しかったです。
さて、10日間もの間何をしていたのかと言いますと、コペンハーゲンの地理にもすっかり詳しくなってしまった私は、1日8時間は一人で歩き回わり、数多くある王宮跡や美術館、教会などを片っ端から見て回りました。
バレエ団ではクラスを受けることが出来なかったので、オープンクラスを探し、地図を片手に地下鉄とバスを乗り継いで行って来ました。
ロイヤルデーニッシュの公演も3回ほど観る機会に恵まれて、ブルノンビルスタイルの難しさを改めて実感しました。日本でも有名なシルフィードやナポリ以外の作品はとても興味深かったです。
デンマークは皆さんもご存知の通り、王国です。
私がコペンハーゲンで訪ねたROSENBURG CASTEL(ローゼンブルグ城)かつての王が住んでいた城跡を美術館にしてあるのですが、
そこの地下の暗くて寒い展示室の真ん中に、王冠が飾ってありました。
それはそれはありとあらゆる宝石で埋め尽くされていて、とても綺麗な王冠でした。
また、そういう場所に展示してあるから余計に眩く見えるのかもしれませんが。。。
一昨年、去年とレディマクベスをやらせていただいた時の事ですが、マクベスやバンクォーが王冠を巡って殺し合いをするわけです。
私には舞台で踊っていた時に、昔の人々が王冠や王の座を巡って殺し合いをするという事に現実味を感じませんでしたが、ローゼンブルグ城であの王冠を見た時に、これを巡る殺し合いはありえるのかも!!と、ものすごく感動というか納得しました。
本当にこの城の中で生活が営まれていたのかと思うと、すごく不思議な気持ちがしました。
ドイツにも行かず、イタリアも諦め、ちょっと重くなりつつある腰をそろそろ上げなければと思いながらもなかなか動き出せなかったのですが、衣ちゃんの協力もあり、オーストリアのウィーンに行くことにしました。
次は音楽の都ウィーンです。
(2005/04/14) |
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10日間ものコペンハーゲンの滞在を経て、ウィーンにやってきました。
友達が住んでいるのは、ウィーンから汽車で40分位の所にある、St.Polten(サンクト ポルテン)という街です。仕事の都合上迎えに来てもらえなかったので、初めての国でしたが、片言のドイツ語を並べてなんとか辿り着くことができました。
相変わらずオーストリアも寒くて、ヨーロッパの大寒波をここでも実感することになりました。
2泊3日の滞在なので、たくさんは観光出来ませんでしたが、シェーンブルン宮殿と王宮だけは見なくてはと思い、行ってきました。
シェーンブルン宮殿はハプスブルグ皇帝家の居城で、宮殿の他に隣接する建物、広大な庭園、泉水、世界最古の動物園を含めて全てが世界文化遺産になっています。
かのヴォルフガング=アマデウスが6歳の時にマリア=テレジア女帝の前で演奏した場所でもあり、後にフランス女王になったマリー=アントワネットはマリア=テレジアの末娘で彼女が産まれたのもここなのです。
シシィの愛称で親しまれたエリザベート皇后の暮らしていた部屋も見ることができました。
なんだかタイムスリップしたような気がしたのは私だけではないと思います。
街を歩いていて気付いたことは、ウィーンはやはり観光の街だということです。コペンハーゲンでは日本人に出会うことはほとんどありませんでしたが、ウィーンの街を歩いているとあちらこちらから日本語が聞こえていました。
その他には国立劇場もロビーの中に入ってみたり、教会にも足を運びました。
ドイツ語なので言葉は分かりませんが、街並みや建物にはやはり歴史の重みを感じずにはいられませんでした。
友達のいるバレエ団でクラスを受けさせてもらい、リハーサルを見せてもらって、団員の子達とも仲良くなりました。出会った日でしたが、夜はウィーンで団員の子と一緒にバーに行って来ました。
帰る日には日本でも有名なケーキ、ザッハトルテを食べてきました。デーメルというザッハトルテ発祥のお店に行ったのですが、私は予備知識が全くなくて、ザッハトルテの発祥のお店だと名乗っているのが、このデーメルとホテルザッハーの2軒で、今でもお互いが譲らずいがみ合ってるというのを初めて知りました。
肝心のお味のほうは。。。。日本のケーキの方が美味しいです。 話のタネにはなりましたよね?
ウィーンはもう少し時間をかけて見て回りたいなぁと思いながら、再びコペンハーゲンへの飛行機に乗りました。勝手知ったるコペンハーゲンの空港に降り立ち、「ただいまー」と言って衣子ちゃんのアパートへ帰ってきました。
帰って来たのもつかの間、次の日はパリへ向かいます。
パリではやっぱりお買い物かなぁ。。。
旅も残すところ1週間。過ぎてしまえば早いものです。
(2005/04/17) |
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さて、ヨーロッパ最後の訪問地になりました。
ここもウィーンと同じく3日間のみの滞在なので、見たいところはたくさんありましたが、今回は3箇所の美術館を選びました。
まず1つ目はピカソ美術館。
ここは以前に訪れたことがなかったこともあり、大好きなピカソ作品を見ておきたくて行ってきました。
ぼーっとしていると見過ごしてしまいそうな感じの外観で、質素な建物でした。
中も大きくなく、うまく纏まっていて落ち着いて見る事ができました。
そして2つ目はオルセー美術館。
ここも私の記憶では初めて訪れる美術館です。
セーヌ川沿いにあり、昔の駅を改築して造られた美術館は天井がドームになっていて、両脇に展示物が置いてありました。
規模はかなり大きくて全てを見ることができたか分かりませんが、館内は昔の駅の名残が感じられて、私は好きな空間でした。
最後に、ルーブル美術館です。
ここは初めてヨーロッパに来た時に訪れた場所なのですが、残念ながら全く記憶にないので、気合を入れてこの巨大な美術館に挑みました。
全てを周るのは無理だと思い、とにかく有名なものだけは見ようとモナリザやミロのビーナスなどなど、書き出したらきりがありませんが、最終的には駆け足で全てのフロアーを見て周りました。
恐ろしいことに、ここまで膨大な量の美術品が並んでいると、歩いているうちに展示物が風景のように見えてきました。
ひとつひとつ立ち止まって見る必要もないのですが、感覚が麻痺すると世界的な財産も風景に見えるんだなぁ、と変なところで関心していました。
パリではバレエ学校時代のボーイフレンドにも10年振りに再会しました。
おじさんになっていましたが(あっちもおばさんになったと思っていたかもしれません。。。)会って数時間であの頃に戻っていました。
彼はバレエ学校を卒業してからパリのディズニーランドで働いていて、付き合って居た頃は毎週のようにディズニーランドに行っていました。
今回はディズニーランドには行きませんでしたが、入口まで行ったら10年前の色んなことが思い出されてちょっとしんみりしてしまいました。
コペンハーゲンでお世話になった島田衣子ちゃんにもパリで再会して、少し早い私のお誕生日会をしてもらいました。
買い物に耽るなんてこともないくらい美術館や公園に行き、友達とのお喋りに夢中になっていました。
帰ってきてから、やっぱり買い物しておけば良かったーと後悔したのですが、お天気にも恵まれたパリでの3日間はあっという間に過ぎていきました。
ヨーロッパに別れを告げ、また長旅と時差ボケに苦しむだろうなぁと思いながら、パリのシャルル・ド・ゴール空港に向かいました。
次は今回の旅の最終目的地、アメリカ・テキサス州 ヒューストンです。
(2005/04/24) |
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さてさて、旅も最終目的地、再びアメリカに戻ってきました。
最後の地は、アメリカ、テキサス州、ヒューストンです。
噂に聞いていた通りの暖かさで、自分一人が長くて厚ぼったいコートを着ているのが恥ずかしくなるくらいでした。
パリからダラスを経由して、ヒューストンに入ったのですが、あまりにも暖かくてダラスの空港の待合室でコートを椅子に置きっぱなしにして飛行機に乗ってしまったぐらいです。
取りに飛行機を1度降りました・・・・
それに、ヨーロッパよりも日本よりも空が高くて綺麗なのには本当に驚きました。どこまでも空が続いてるような気がしました。
ヒューストンと言えばNASAぐらいしか思い浮かばなかった私ですが、とにかくお天気の良さと暖かさで、幸せな気持ちでした。
だって、いきなりタンクトップ1枚で過ごせる土地に来ちゃったんですよ。
道路は片側6車線もあって、反対車線が遠くにある気がしました。日本では考えられない土地の広さです。
なぜ今回ヒューストン訪れたかと言いますと、従兄弟家族がヒューストンに住んでいるからです。私の叔父はヒューストンにある小児病院で医者をしています。
従兄弟の家は大きくて、天井も高く、庭はトロピカルな感じで、プールまで付いていました!!
日本の土地事情では考えられないサイズでした。
ヒューストンでは、ヒューストンバレエ団のロミオとジュリエットを観て来ましたが、あいにくすごい時差ボケで半分は夢の中だったと思います。せっかくの機会でしたが、睡魔には勝てませんでした・・・
ちょうど私がヒューストンを訪れていた時に、日本人宇宙飛行士の方の講演会があり、聞くチャンスに恵まれました。次の日にはNASAのスペースセンターに行ったので、お話しを聞いた後だったこともあり興味深かったです。
スペースセンター内ではさまざまなアトラクションがあり、敷地内をトラムで周れたりもしました。
叔父の勤めている病院も見せてもらいましたが、日本の普段私が目にしている病院とは比べ物にならないほど設備や環境が整っていました。日本の病院もこうだったらいいのにと心底思いました。経済的な問題など色々あるのでしょうが、遅れをとっているなぁと痛切に感じました。
過ぎてしまえばあっと言う間の1ヶ月でしたが、旧友や昔のボーイフレンド、従兄弟家族にも会えて、実り多い1ヶ月でした。
普段はせっかちな私が、ものすごいのんびりな性格になり、初めは3日で帰るなんて言ってたのが嘘のように、後ろ髪を引かれながら帰路に着きました。
成田に着いたことはほっとしましたが、人の多さに驚き、周りのペースが3倍速ぐらいに感じました。
仕事も待ち受けていましたし、気が付けばスピーディーな東京時間にしっかりフィットしてる自分がいる今日この頃です。
今回の旅で何を得たかは具体的には分かりませんが、私の中に何らかの形で宝物になっていると確信しています。
ヨーロッパやアメリカの良さを実感し、そして日本の良さも再発見できた旅でした。
6回にわたってお届けした旅行記も今回が最後です。
5日後の5月5日は、今年初めての本番が待っています。
自主公演も少しづつかたちになってきました。
旅でもらったエネルギーを、舞台の上からお客様に届けることができますように。
(2005/04/30) |